同じチームの大好きな先輩が辞めた
私には何も言わずに。
前の1年続いたインターンのときも、その前のマッサージのアルバイトでも、尊敬する人は旅立って行った。
私が身を置く場所は長居をする場所ではないのかもしれない。
でも、私はまだ色々その人に学びたいことがたくさんあったし、もっと仲良くなりたかったし、ありがとうを直接言いたかった。
あの人たちのように羽ばたける自分になるために今はあと少し残って力を蓄える。
アポが入らない。
入るイメージが沸かなくなってきた。
そこで今一度自分の強みを考えてみる。
私は車ほど高性能に走れない。
ただ、歩きほど遅くもないし武器をなしに戦える強さもないから自転車の立ち位置。
自転車の強みは、歩道も車道も走れるところ。
先輩のアドバイスももちろん大切だが、自転車は車にはなれない。
自分の強みを生かした自転車の最大の有効活用はその自転車に乗る自分しか分からない。
私の強みは、普段話を聞かない人の足を止めること。普段話さない人を話させること。可愛いと評判の声。真っ向から相手を想って話す真面目さ。粘っこさ。ノリの良さ。理解すれば素直に直す修正能力。自分が必要な部分だけ見習う吸収力。みんなが遊んでるノリに入りたい、ゲームに勝ちたいときの集中力。
全て良し悪しではあるけど、逆を返せば生かすも殺すも自分次第。
生かすならどうすればいいのか。
気持ち大きめの声で話す。
まずは話を聞いてもらうために強くありつつも、自分の相手想いな柔らかい部分を活かす。舐められないよう少し砕いて強めに要件を話す。カウンセリングのように欠点を治す方向に意識を持っていく。
好きになった人には好かれない私なのだから、弱気な自分に魅力はない。強く余裕があるときの私は最強なのだから一瞬でも相手主導になってしまったら道はない。
世の中舐めてるからこそ言える大口は今まで結構偉い人から気に入られてきた。
相手は社長とはいえ居酒屋に行ったら会えるようなおっさん。
おごってもらうときにおごってとは言わない。相手が話を聞きたいと思うほど楽しませる。うざがらみを許されるのは営業の特権。うざがらみが好きなのだから存分に活かして行って良いと思う。何分話してもアポ取れれば関係ないのだから折角なら楽しく仲良く話したい。
仕事だと思ったらお金は入らない。遊びに行ってる明日も大好きな先輩に会いたい褒められたい楽しくお話したいからルンルンで会社に行く。
バイト感覚で明日もう一度気軽にお仕事してみる。大丈夫明日奇跡が起きれば明後日も奇跡が起こせるかもしれない。
まだ新人。まだまだ。数字に追われてない。目標でありノルマではない。別にそのゲームクリア出来なくても大丈夫生きていける。
相手がどんなビジョンを持っているのか。
夢、目標。
停滞してたら現状維持すら難しい。
変わり続けることこそ現状維持。
今の満足が明日もそうとは限らない。
長期的な目で続けていくのなら変化せずにずっとそのまま生きていけるほど時代は甘くない。
エネルギーがあるうちに変わっていく。後々死なないように今もっと先へ進んでおく。
それを実践し、お客様にも見せていく。
最近アポが入らなくなってきた。
それもそうだ。
前のように無鉄砲に飛ばし続ける勢いもなければ、冷静に分析もできていない。
話すことで精一杯で心にも頭にも余裕がない。
取れない取れないと焦って周りは取れてて焦って空回り。いい人に当たらなきゃと無作為無計画で電話をかけまくる。
頭を働かさずに受注できるほど甘い世界ではない。
こうやってブログを書くことで頭を整理して成長してきたはずなのに、忙しさにかまけて振り返る機会をまともに取ってこなかった。
電話をかけてなんなのか、何のためにやってるのか、それは人に良いお節介を焼くためであり、電話をかけるためではない。
そして営業を通して口が上手くなって人を引っ張っていける存在になる。
そのために今何をしなければいけないのか
一番焦らなければならないのは、自分の成長したい方向に進めていないこと。
口から人を引っ張っていく強さを身につけたくて進んだこの道。
逸れてしまっては意味がない。し、逸れてしまっては結果は出ない。好きこそものの上手なれ。向かう道が自分の道と思うから歩むのも楽しい。
人生を営業と決めたからには、電話もHPも人間であって、そこに自分がどう向き合うかが表れてる。
頑張らなきゃ、頑張ろうと思っている時点でそれはもう私の進む道ではない。
ずっと無双は無理でも、私は辛くても生きてきたのだから、7割しか出せない時でもマックス7割を出してきたのだから、道からずれなくてもまっすぐ歩けるはず。
じゃあどうするのか。
トークを磨く。切られる人にも仲良くなろうとする。まずは自分から相手を愛す。
初心。原稿ではなく相手の好きにちかづいていく。原稿を原稿として見るのではなく、要素要素で捉えていく。
名乗る→近づく→様子をうかがう→自己紹介→近づく→要件→要求
一件一件、スマホ、パソコンの奥の人間を想って電話をかける。仲良くなる気持ちも忘れず。
取るより届ける。見失わず一つ一つやっていく。
テレアポを1週間やった。
初日、2日目は1時間10件だったが3日目からは1時間に15件のペースをノルマにされた。
3日目からは、かける質まで要求されて、思うように数字が伸ばせなかった。
それでも1日100件近くかけては断られることを5日繰り返した。
そんだけかけてるといろんな断られ方をする。気にならない断られ方もあれば、ちょっとクるような断られ方もある。
ノルマが達成できなくて先輩や社長に怒られる。
かけた数によって伸びていく棒グラフが私だけ進まない。。。。
気にしない気にしないと何度も唱えて自分を落ち着かせる。
仲良くなりかけてる先輩から、「1時間15件かけるのは今だけだよ。アポ入ればそんなにかけないし。」と女子トイレでサラッと言われて、自分は通過儀礼の最中だということに気付く。
断られて傷つく仕事なのだと気持ちを立て直してめげずにまた電話をかける。
今まで一番恐れていた先輩から、通過儀礼を乗り越えるための裏ワザを教えてもらう。「30分やってみてダメならこれを使ってみて」と。社内用の個別LINEで私だけに。30分言われた通りやってたら、そのあと裏ワザを使っても巻き返せなくて、先輩の優しさと自分のできなさに泣きそうになる。
そのあともその人のアドバイスが優しくて的確で何度も泣きそうになった。
他の人は内心、通過儀礼は痛いものだと思っているようで、応援してるフリをしていたが、一番怖そうだったその先輩だけは、自分の通過した痛みを相手には感じさせないようにと、私のことを"新卒の子"ではなく、私として考えながらサポートしてくれる人だった。イヤン超優男やん惚れてまう笑(社内恋愛とか片思いとかはしないと固く心に決めてる)
そんなくだらないことを考えながら電話をかけてたら5日間が終わった。
長いようで短いような、でも長い5日だった。頑張った気もするし、頑張ってない気もする。疲れたのか疲れてないのかもよく分からない。そんな5日だった。
次の月曜から部署配属になる。
先駆けて、配属の可能性がある部署だけ45分程度の部署説明会があった。
その先輩がいるところの部署説明のとき、「この部署に入りたいと思った人~?🙋」と言われて、私だけ手を挙げなかった。
部署の内容もそこにいる人たちも諸々なんかキツそうだったし、自分のやりたい系統じゃなさそうだったからだ。
そこには配属されないか、はたまた逆に、嫌がるからこそ、そこに配属されるのか、一応で聞かれた第一希望のところに配属されるのか、それとも、、、。
人員配置の方法を見るのが楽しみなところだ。
地獄はまだつづく。覚悟ならできてる。
研修が終わって、いよいよテレアポが始まった。
1日目。
2時間とりあえずやれと言われてやった。アポ取れやすいようになどと色々地味に考えながらやったから少ないコールしかできなかった。
2日目(今日)の午前。
数だけ増やせばそれだけで言いといわれ、何も考えずにひたすらかけまくった。コール数しか見られないのなら何も考えずに電話を掛けて原稿を音読すればいいやと脳を殺した。
たまたま検索して電話できる企業がヒットしやすかったため、たくさん電話をかけることができた。
お昼。
同期に背を向けて先輩方とお昼を食べた。少しぎこちなかったけど、これから溶け込むためには必要だと思いニコニコ仲良くなろうと頑張った。
2日目(今日)の午後。
ひたすらかけた。検索してパッと出てきたものはすでに他の人や午前中の自分にかけられていて、電話ができる企業がヒットしにくくなった。とは言えそれでもなんとか見つけてたくさんかけることができた。
終礼。
私のかける数が同期の中でも割と良い数だったらしく、褒められた。
明日の目標や反省などを言わされる。明日は今日より高く目標を設定させられる風潮があるため、今日の数を越える数を目標にした。越えられたら良いなではなく、掲げたのなら絶対越えろと言われて越えられるか不安になったし、どんどんこうやって首がしまっていくのだなと思った。
研修が4日間あった。5日目には登山をした。
新卒向けに開かれたそれらは私にとって不愉快なものだった。
決めつけられて押し付けられて洗脳されて。
「今まで学生気分でしたがこれからは社会人として頑張ります」と言わせる為だけの研修。
会社様は言葉攻めがお好きなようで、私たち新卒に会社様の都合のいい言葉を言わせたがる。なんてドSなんだ。
気持ちよくないのに「これがいいだろ気持ちいいだろ」と突く。やっていることはほぼレ○プ。
そんなことを耐えないと次の地獄には行かせてもらえない。
周りはクスリを打たれたかのように従順に手懐けられている。
そんなアへった人たちがあーだこーだと私に「仲間からのアドバイス」というそれはそれはとても有難いナイフを投げてくる。
講師から言われた講師の意の通りの範疇からアドバイスを投げる彼らはそれはもうゾンビのようで薄気味悪かった。
講師はゾンビになることを「素直」といって褒め称え、それをしない私を「頑固」だとみんなの前で罵った。するとゾンビたちは今まで一言も使ってなかった「頑固」という言葉を寄って集って使いながら、あたかも自分の意見かのようにしてアドバイスした。不愉快極まりない。
私の基準の「素直」の定義がある。
それは、なにも考えずに言われたことをただやることではない。
考えられないことはやってみる、考えられることは柔軟に考えた上で意識してみること
が私にとっての素直だ。
会社様は「自分なり」を嫌う。会社とは考えの違う人の集団行動だから、私も言いたいことは分かる。ただ、自分なりにならずとも、「自分でも考える」ことは大切だと思う。
私は誰よりも他人の一言を真摯に受け止めている。
流したフリをしても何年後になるまで流せていないほどに。
でも私は傷つくために生きているから、流せるようになんてなりたくない。
鬱病になると心配されるような危険な道だとしても、そのギリギリのラインを歩かないと出来ないことがやりたいから。
あの時救えなかった命を救える世界をつくりたいから。
大切な人を救える自分になりたいから。
大切で尊敬するあの人の痛みや苦しみや悲しみや喜びが少しでも多く分かるようになりたいから。
私は全てを手に入れることを諦めない。
ゾンビになりそうな自分とも闘いながら生きていく。
生ぬるい環境じゃ苛立ちすらもまともに経験できない。苦しさに闘わないと、闘ってきたあの人と対峙することは出来ない。
大好きなあの人に一歩近づくためなら、苛立ちすらも愛しい。
成長痛を感じる度、あの人は優しく寄り添って私を伸ばしてくれる。
パブロフの犬だとしても、癒してご褒美をくれるから今は痛みが心地好い。
折れるまでは真っ直ぐこれで。
一人暮らしを初めて2週間、新卒として働き始めて1週間がたつ。
まだ研修ということもあり、これからまた苦難があるとは思うが、今のところどうにか出来ている。
一人暮らしは、自分の部屋みたいで元々一人で寝ていたしなぁなんて思うとあまり変わらないように感じる。
怖がりの私が一人で大丈夫かと心配だったが、怖い原因の鏡をあまり見ないようにしているし、何より、周りの生活音が心地よくて割と平気だった。
シャワーを浴びながら、ふと、「水の有難みを感じた」という水道関連に就職した元彼の言葉を思い出した。
今の私の生活は、意とせずだいぶ洗練されている。家にネットの回線を引いてないため、テレビもWi-Fiもない。話す人もいなければ、娯楽グッズもないため、やる事といえば、炊事洗濯程度。無駄な時間を無駄に使うことすらできない。
今までやってこなかった水場仕事をやるようになった事も相まって、家ではずっと水を使っている感覚になる。
そこでやっと基本的に水を使うことで生活が成り立っていることに気付く。
あの時分からなかった言葉が今になって少し分かった気がして嬉しかったけれど、もうあの時には戻れない。
今とあの時がリンクしたら、彼は何ていうのだろう。