生後10000日

・子供の頃の幸せだった思い出

 母がこっそりハンバーガーを買ってくれたこと。高校でナンパした男の子と付き合えたこと。小学校6年の時、初めて行ったブロードキャストのライブで壇上で手にキスをしてもらったこと。学校の中でマスコットアイドルみたいなキャラクターをやって好きな人とたくさん話す機会ができたこと。休み時間に校庭でサッカーしてる好きな子を眺めながらお友達とあれこれ話したこと。中学校の頃好きだった先生が私の近くを通るたび、周りの子が報告してくれて応援してくれていたこと。近所の子供たちみんなで遊んだこと。

 

・昔の自分に今の自分が声をかけるなら

 頑張ってくれてありがとう。キツかったこと全部、経験してくれたからこそ今の私がいるよ。心が傷ついてもその時の真っすぐを探して進んできてくれたから、強くて優しいを今も大切にして好きな自分でいられるよ。してないことをしておけばとか、もっと勉強しておけばなんて言えない。その時に出来るすべてを全力で味わってきたね。正義と自分と他人のバランスはまだ難しいけど、今は前よりも好きな人がいっぱいいる環境に居るよ。受け入れてくれる人はちゃんと現れたよ。


 

・影響を与えた人

 いつだって私が自分で求めて拾いに行った言葉たち。だから影響を与えてくれた人ではあるけれど、私が自分で見つけて自分で刺した言葉たち。

高校の担任「豊かさとは、誰かに与えることができるものを持っていること」

玉屋「救うことで救われてる」

?「死にたい人の気持ちは死んだ人にしか分からない」

インターンでお世話になった最初の部長。これほど良い人がおじさんでいられるのかと衝撃を受けた。どうやったら社会の汚い荒波に揉まれても良い人間でいられるのか。それで仕事ができて良い上司で優しくてかっこよくて素敵な大人で。大人になんてならないぞと誓っていたが、そんな幼稚な抵抗ではない強くてかっこいい境地もあるのだと思えた。

大学でできた彼氏G。まともに関わることは初めてだった。初めて愛するみたいな恋愛以上を体感できたし、たくさんの感情や経験をもらった。やりたいこと全部詰め込んだ濃密な1年だった。彼はいろんな環境から傷をもらってくるから、彼を救うには私がそばにいるだけでは足りないことを知った。彼のお兄さんが亡くなって、彼が生きたいと思えるような世界を作りたいという使命というか、目標ができた。

中学のときのお笑いライブで知り合って今でも仲良くしているT。福祉という概念に目覚めた。

 

・愛情を与えたと思う人

上記のT。

塾のバイトで担当していた小学生の姉弟。

今働いている放課後等デイサービスのリトルモンスターくん

歴代彼氏たち

相談ごとを打ち明けてくれた人たち

 

・勇気を出したこと

初台でのFORMALINのライブのドアを開けたこと

百獣の日のライブの主催者と話したこと

お笑いライブに出たこと

ウクレレでお母さんとホールで演奏したこと

路上で歌うこと

上司に自分事で言いにくいことを発言すること

人に声をかけること

仕事を辞めたこと

一人でバーに入ること

 

・経験してよかったと思えること

営業、日本酒バー、たくさんのバイトや転職、放課後等デイサービス、恥ずかしい体験や失敗、鬱の話聞き、人前に出る、ピアノ習う、ウクレレ、作曲、自分と似てる人とお互いを称え合うこと。

 

・誰にも理解されなくても貫いてきたこと、大切にしてきたこと

優しくいようとすること。救う側の人間であること。自分が軽蔑する自分にはならないこと。誰からも好かれること。愛想よくすること。上手に会話をして、ちょうどいい返しをすること。すべての人の感情を理解しようとすること。そのために自分も繊細でいること。一輪車で崖にかけた綱を渡るような死の隣で生きる道を選ぶこと。人に絶望しないこと。

 

・お金や他人の評価を気にしなくていいなら何をして生きたい?

放課後等デイサービスで働いていたい。もっとのどかな場所で過ごしたい。一人暮らしを友達みんなのおうちの近くでしたい。生活力などを考えずに私が好きだと思う人に生活を賭けたい。その人と田舎で創作活動などをしながら世界にも愛する人にも愛されて生きていたい。あたらしいことや面白いことなど思いついたことを転々とやりたい。労働ではなく私の価値に対価を支払われたい。恵まれた環境でやさしいひとでいることを仕事にしたい。親戚の子供とか気が向いた時だけのベビーシッターとかで人を育ててる気分を味わいたい。マッサージも占いも産業カウンセラーも気が向いたときにやりたい。

 

・これからの人生でやっておきたいこと

稲庭うどん食べに行く。気球に乗る。バンド、単独ライブ、美的センス(絵画の良さとか夜景とかのきれいさ)を身に着ける。6人程度の男女グループでの旅行。結婚。出産。共通の言語で話せる友達をつくる。若者への説教。自分の好きなことをたくさん見つける。

 

・生後10000日を迎えて。

一番最初に浮かんだ言葉は一粒万倍日だった。今日は一粒万倍日ではないけれど、この言葉の成り立ちの仏教の一粒万倍は、一粒の稲穂が何万倍にも実ることだと言われている。私の夢はきっともう叶っている。ああなっていたいという者に、もうなっている。最近は不思議とそう思える。今まで一粒一粒、種をたくさん撒いてきた。どれが実るか分からなかったから、手あたり次第に種を撒いた。まだ、目に見えて成果が見えることはないけれど、あのころなりたいと思っていた強く優しく仕事ができる人間になれているのではないかとおもう。仕事というのは今の仕事がという意味ではなく、どの世界にも必要なスキルとしての仕事に必要な要素や、人間としての求められている社会性を兼ね備えているという意味での。だから、誰かに必要とされる自分であることはもうできるようになったから、これからは自分の好きなことや自分を大切にする方法を見つけていきたい。占いや歌の歌詞に否定された自分の欠点を補うためではなく、もっと自分の内側と対峙したときに溢れる健やかな欲望のようなものを尊重させたい。今まで、他人に優しくしないと他人と仲良くすることができないからと、自分のやりたいことや食べたいものより、その場に流れる空気を最優先させてきた。私が一番食べたいものを、誰かと美味しいねと言い合うことや、その食べ物を食べて幸せになった時のかわいい私の姿を愛でてくれる人が幸せそうに私を眺める姿に幸せと思えるように。相手の感情に怖がらず、私自身がありのままでいるときに居心地の良い環境を作りたい。持続可能な人間関係を構築したい。やりたいことは後で一人でやればいいやと思う自分を否定したいわけではないが、一人でするよりも楽しくやりたいことができそうな人とやりたいことをやる、食べたいものを食べる、言いたいことを言える、そんな環境を自分から求めていく姿勢を10001日目から挑戦していきたい。一度実を付けた果物の大樹は育めば来年もきっと実を着ける。今年以上に。

これからのというか来年からの生活はガラッと変わるかもしれないし、何も変われないかもしれないけれど、どこで何してもきっと大切なものは変えなくていいことはわかっている。あとは自分が好きな自分はどこにいるのか、今あるものや、続けた先にあるもの、身近なところから一つ一つ、拾って、磨いて、飾っていきたい。

腸にウイルスを検知

今、ものすごくお腹が痛い。

腸に細菌が入って感染、炎症を起こしているらしい。

薬を飲んでも瞬間で効くわけではないし、薬を飲んでも完全に痛さが消えることはない。

私は今月27日から痛みを感じだし、本日腹痛4日目に差し掛かっている。

 

27日。1日目は夜。その前からお腹が減らない満腹感があった。それでも御飯の時間だからと出してもらったご飯は無理矢理食べ切った。仕事終わりだったからそれで波があるのかと思って軽めの腹痛を受け入れた。

 

28日を2日目は夕方頃のマッサージの依頼以外は休みだったから一日中ソファーで寝ころがっていた。

最初はアニメをたくさん見ていたが、1時過ぎから4時くらいまで眠ることができた。この日はそれはもう痛くて痛くてしんどかったが、睡眠のおかげでだいぶ回復し、90分のマッサージを成し遂げることができた。マッサージをすることで私の心も癒された。帰りにお宅にあった白えびせんべいを頂いた。チップ制度ができていて、600円程度のチップも上乗せされていて、相手の方が相当に満足してくれたことを体現してくれたのが久しぶりに肯定感につながった。最近肯定されるほど良い行いを表現できていなかった私は自分に価値を見いだせなくなっていたし、病と季節のせいもあって気が狂ってしまっていたから、久しぶりに評価をもらえて嬉しかった。

帰りのバイクに乗っているときくらいから痛みはぶり返してきて、コンクリートやマンホールなどの凹凸がある度に突き上げられる衝撃がそこそこにしんどかった。

帰ってきてから、ChatGPTに症状を話し、近くの消化器内科を勧めてもらったので次の日の朝、行くことにした。この日は何も食べなかった。

 

29日。3日目は朝7時半に起きて病院に行く準備をした。朝起きたときからそこそこに痛い。振動がしんどいから車を使いたくて母にそれとなく聞いてみたが、母はピックルボール行くのに使うからと、母が出る時間より前に早めに私を送っていって、帰りも母に合わせてどこかで待つか、タクシーで帰ってくれば車を使えると言われた。

母の優しさだし仕方のないことなのだけれど、体が病んでいる私は心まで病んでしまっていて、デカいバック背負ってバイクでピックルボールに行ってくれよと思ってしまった。家の中も寒いが、外は寒かったから早めに行って寒い中腹痛なのに待つことも自由で楽な姿勢でいられないことも今の私にとっては相当な苦痛であることが分かっていたから、無理してバイクで病院へ行った。

段差は声が出るほど痛かったし、ここまで飲み物は飲んできたが何も食べていなくて少し貧血のようなフラフラ感があり、踏ん張って力を入れなきゃいけないから運転にだいぶ神経を使ったが、根性で事故なく病院へ到着した。

レントゲンと血液検査。血液検査は直近2回目で、1回目は血管見えなくて看護婦さんも私もお互いにしんどい思いをしてたから、またやることはすごく気が重かった。しかし一発でなんとか血を見つけてくれて救われた。刺してもすぐには血が出ないから針を皮膚の中で散歩させるのはあまり気持ちいいものではなかったが、前回はそれをしても血が見つからなかったからそれよりはマシに感じた。私は人より血の通ってない人間なんだろう。

結果が出て医者が説明しながら診察してくれた。

当日に全てしてくれるのは有難い。基準値をすごく飛び抜けて超えているのを見て、嬉しいと思った。

私がどんなにつらいと思っていても、誰も私のつらさは理解できないし、誰よりも私自身が私のつらさをずっと認めてあげられなかった。この状態をつらいって言ってもいいと自分に認めてもらえる証拠がもらえたように思った。

精神的なものや目に見えないものは、私の根性のなさや弱さによって表現されているものだと私はずっと思っている。私のネガティブはいつも度を越して弱くて、周りがなんともないことでも勝手に強く傷ついて、やれ死にたいだの甘ったれたことを言って、周りに助けてもらってやり過ごす。とてつもない愚か者。

そんな自分が出てきてしまったときに私はもう一人の私からとてつもなく責め立てられる。

だからそんな自分から責め立てられない免罪符になる根拠となる数字や病名は私にとっては救いだ。

だから病名や数字が重症であれば重症であるほど私は嬉しくなる。重ければ重いほど責められることが少なくなる。私から怒られなくて済む。だから重症であってくれと願ってしまう。

で、診断を受けて喜んだも束の間、診断されただけで何も改善はされずにまたバイクで帰らなければいけない。またフラフラでおかしくなりそうな体が他人に迷惑をかけないように神経を尖ら、突き上げる段差に時折声をあげながら薬局で処方箋を提出して帰る。

しばらくして母が帰ってきて、薬を取りにいってくれた。母はすごく私のことを気遣ってくれるし心配してくれているから、さっきあんなに目の敵のように言ったが母の存在を有難いと思っている。自分で作ったほぼ液体のお粥に母が卵を入れて味付けしてくれて、それを小鍋一杯たいらげて薬を飲んだ。

30分くらいは座って逆流を対策して、そのあと30分くらい仮眠したら少しだけだけど軽くなった。そして母に仕事へ送ってもらった。

子どもたちは障害度がヘビー級揃いで、私が休むわけにはいかないなぁと、着いてからしみじみ思った。子どもたちは運動会終わりの月末で疲弊しきっていて負の連鎖が酷かった。

それでもみんな立て直そうと必死でその健気さに私も必死になって子どもたちに食らいついた。こいつを癇癪させたらこっちの子も怒っちゃって…となっていたから爆弾に火を近づけないように注力した。

私は怒ることから逃げているから当然と言われれば当然、爆弾の子から好かれている。爆弾ほどいかない暴発性のある子からも。

だからこそ私は好かれ続けて上手く転がすという役目を果たさなければならないし、そこから逃げてはいけないから、神経尖らせて「嫌われないけど言うことを聞かせる」をやらなければならない。

腹は痛いが、職員みんなで戦場で闘ってるのにそんなことを言っている場合ではなくて、給水もそこそこにみんなで必死に闘った。

働き終わって家に帰ってから、ツケが回ってきたかのように、のたうち回るほど腹痛が酷くなった。痛みを感じながら、母が作ってくれた硬めのお粥を食べて薬を飲んで。30分経ったくらいからは、のたうち回ることもだいぶ抑えられた。

それでも腹痛はなくなることはなく、常に少しずつ痛みを抱えたまま諸々を済ませ無理矢理気絶させて眠りについた。

 

30日。4日目。朝は薬が切れて腹痛なのだと思う。ああ今日も痛いままなのかと腹痛を承諾しゆっくり起きる。母の作ってくれた硬めのお粥を一口入れて薬を飲む。

そこから少しして布団に戻り、現在に至る。

2685字程度書いているとまあまあな時間が経っていて、薬が効き始める。寝ているということもあって痛みはほとんどない。嬉しいような、寂しいような。

でも、日曜日から奈良に一人旅行に行きたいと思っているから早々に腹痛治ってほしい。治らないままでは旅行はできない。生後一万日を療養で迎えたくはないぞ。好きなもの食べてある程度フラットに過去を振り返りたい。

病んでるときは辛かったことばかりを思い出してしまうから。

また大好きな明るい私になれますように。

 

半人前

 

フェスティバル的なところに推しのブースが出店するということで行ってきた。

少しして、久しぶりの彼が来てくれた。

はじめは関われないと引いてみていたが、えいやと声をかけて結局1時間程度話し込んだ。 

彼は気を使ってきっと近くで待機してくれていたと思う。

私が来て良さそうなメッセージをすると、なんてことないような顔を演技しながら程よいところで現れてくれて、推しの発明品を体験してくれた。

 

推しは良かったけど彼が優しく話を聞いてくれたほうが嬉しかった。

ジュースに付いてたストローで輸声ごっことかしちゃってそんなんもう一番幸せなキャッキャだった。

砂場が得意とか言ってくれたのも嬉しくて、今度やろうねと約束して後にしたハイタッチは手を振ると触れるの間で漂っていて、彼の自我がなくて良かった。たまに自我がほしい日もあるけど、今日はそれが嬉しかった。

 

新宿で、ウクレレの動画を撮って、前に働いていた日本酒バーへ。

常連さんが覚えてくれていて、楽しくお話した。働いていた時は相容れなかった従業員の方とも仲良くなりたいと話したら会いに行くべきだと言われたけど行かなかった。でも大人っぽくなったと言ってもらえたからそろそろちゃんと気まずさは解決したいなと思った。私の好きな花巴の四段が美味しくて嬉しかった。

 

伊勢丹でよこやまというお酒を買って電車で帰る。花巴は四段がなかった。よこやまもひらがなは元々好きだったし気持ちよく美味しい気持ちになりたかったから良かった。

最近買ったBluetoothイヤホンで勉強したり音楽聞いたり。

ふわふわしながらノリの良い音楽を聴きながら乗り換えるのが好きなのは改めて思い出した。そんな気分で電車に乗れる日は本当に少ないから私も大人になったのかなぁと思ったりする。

まだやらかしたいとも思うけど。

好きなものは賞味期限があってすぐに好きじゃなくなってしまう。そして好きなことをすぐに忘れてしまう。

だから、リフレインが嬉しくて、彼のことも、好きだったことや好きだったところが見られてすごく嬉しかった。見えなくなってしまっても、0に戻ってくれるから。

そうやって一歩ずつ大人に近づいているような、そんな音がした気がした。

秋鬱。

秋の鬱のせいで思い巡ってしまう。

私はオサガメだとか言って調子に乗って曲まで作ってあれこれ共感していたけれど、自分は本当は殻が本体で、中には何もないのではないか。とか、あの子供達のケンカはどう見てあげればよかったんだろう、見慣れた幼い子の頑張った部分ばかり見ていたけどとっくに彼は大人で、私は余計な励ましや関わり方をしてしまったのではないか。とか、歌は歌うための道具でしかなくなってしまって、もうどんな曲にも響かなくなってしまったな、とか。

 

充実してる?って質問に、ずっとしてないと返してしまった。幸せってなんだろう。最近大きく笑ってないし、微笑むことも少なくなったなぁ。神に手を合わせるならこの願いだなと思うくらいには安心がほしいとは思っているけど、家から出ないし人ともまともに関わってない今、刺激を求めている自分もいる。安心がほしいなら刺激を求めるべきではないのだろうか。てか、なにがほしいんだろうか。幸せになりたいとも思えていない今に、ささやかな幸せなんて見つけれることもできない。何かを望むこともできない。

夢を持つ前に夢が叶ってしまってしまうなら、それは幸せなのだろうか。

今までの努力やがんばりが報われたと思えた日が今までで何回かあった。でも、今、その日のことを思い出せば大丈夫と言えるほど今の私は強くない。報われた日に死んでおけばよかった。次の喜びがあっても、またその時の感情は消え失せてしまうから、ずっと今までの繰り返し。生きててよかったと思えた日だって過去のご褒美でしかなくて、明日の原動力にはなってくれない。

今まで救うことで救われてるって身近な他人を原動力に勝手に元気にやってきたし、それは不特定多数だから依存ではないと信じて、正義、兼、趣味にしていたけど、それも今では違ったのかなあと思う。

なんか考えてるフリをしているから、考えてそうに見えるけど、きっとただの秋鬱のせいでメンブレしてるだけで。そこらの誰かが私に調子の良いことを言ってくれたらそれだけで何事もなかったかのように生活してしまうほど、私はくだらない人間だ。

こんなのブログに書くことでもないし他人に読んでもらうほどのことでもない。

勉強も運動も自分が始めた物語なのに、モチベも何もなくなって、せっかく休みをいただいているのにダラダラと過ぎてしまう。試験を受けてその後どうなりたいのだろうか。受かる気ないなら辞めなよと思うのに、今の現状も満足できなくて、やらなきゃいけないことをやらずに過ごす今この時も。文字を打ってる今この時も、捕まる前の罪人のように心が休まらずにでも何もできずに過ごしている。

明日には私自体がO2だのCO2だのに分解されて溶けてなくなっていればいいのに。

解

今までの苦労や、苦しみながら手に入れた価値観や、素敵な人と出会って与えてもらった感情を、持ってて良かったと思える経験をした。

 

その人がすごい人なのか、はたまたまだ世の中からは全く評価されていない人なのかは分からない。

でも、その人が私に自由に話す機会をくれて、それをポジティブに受け取ってくれたことが嬉しかった。

今まで、自分には穴があるから肯定されてるのだと思っていたり、可愛気があるから快く思ってくれたりしていると思うことが多かった。

そういった価値観から出すことができないような私から発される空気のみに反応する応答を久しぶりにもらえて、とても気持ち良い体験ができた。

 

今までの私なら、そんな相手に、これは分からないだろうというものを投げつけたり、ちょっとしたものでも違いがないか無理して探って、その違う場所を見つけては傷ついたり、そうやって、深く入り込まないように、縁が離れても生活が円滑に進むように、執拗に距離をとることをしてきた。

 

今回だけなのか、私が大人になったのか分からない。

でも、感情をそのままに突っ込んで急速に消費しなくてもいいし、ペースは自分が抑えることで保てばいいし、傷つきそうなところは触らないようにしてもいい。と思うようになった。

 

私にとってポジティブな感情はポーションのようなもので、保存不可で、即時回復するために迅速かつ大量に摂取する必要があるとおもった。

森の中で見つけて、街に持っていくとすぐ腐ってしまうポーションなら、その森に置いていくことも悪くないかもなぁ。次その森に行くかも、その森でもそのポーションがその時に残ってるどうかは分からないけど、それでもいいと余裕を持って置いていく選択を取るほうが豊かにつながることもあるかもしれない。

 

そうやって置いていってゆっくりポーションを摂取して、少しずつ解けていく自分を楽しめたら解かすことに傷付くことも減っていくのかもしれない。

せっかく固く編んだ鎧を解くのは勿体ないし怖いから、ときに相手のせいにしながら解いたり解かなかったり。

最後の花火

公民館で自習をした。

2時頃は誰もいなかったが、夕方になるにつれて高校生で溢れた。

高校生たちは、高校生たちと話しながら入ってくる。

ある一組のカップルらしき人たちのコソコソ声がやけに際立って聞こえた。

内容はくだらない。今日は何時まで残るの?じゃあ俺もそれくらいに帰ろうかな。ハハハ。やる気出ないよねー。でも頑張ろ。じゃぁ。

そんな具合。でも独りで勉強せざるを得ない27歳の私にはすごく羨ましかった。

 

もう高校生じゃないんだ。とおもった。

あの時の甘酸っぱいやり取りは私にはもうてまきなくて、青春みたいなことをしてみてもそれは青春ではなかった。

ふと、こんなにしんどい勉強という過程をやる体力は今回で最後だろうと思った。人生のための努力、自分の道の確定のために使う資格や職業の選択、バイタリティ。そんなようなものが、最後のような気がしてならなかった。

私はいつでもいつまでも何にでもなれると思っていた。でも、この世の大半が何にもならないように、なれるものにも限界があるのだと思った。

私は今のところ、私の弱点を克服するために生きている。

大学の終わり頃に出会った憧れのあの人に、立派になって声をかけられるようにとか、その時々のいろんな人の影響を受けて強くなりたいとおもったとか、頑張りたい理由を見つけてはなくなったりしながら、欠点を補うために生きてる。

 

でも、バイタリティエネルギー体力気力強い意志ピュアで健気な気持ち学びたいものかどうか、は、加齢とともに失くなっていく。

大学時代からずっと引き伸ばしていた将来を決める選択が、今やっとデッドラインにきたのだろう。

私は選択しなかった。今後もいろんな道に進めるようにと選んだ保育士と警察が最後の選択になるなんて。でも、どこまでも流されながら向上したいともがいてく私らしいなと思った。

警察は私の弱い気持ちとインドアな性格を矯正するために入っておきたいと思っている。

うつになりやすいから、もっと追い込んで忙しくさせて疲れさせて、うつになりにくい何かを掴みたい。

きっとその後保育士の資格でそれっぽい職業について、日本中のどこでも生きられると安心していきたい。

その先はきっともうない。

警察は受からなかったらそんなに執着するつもりはないけど、保育士はきっと何度でも受験して取得すると思う。そうなるのが分かってるならこんなダラダラ文字を書いてないで勉強しろという話なのだが。

占いで何歳までが全盛期なのかとか、来年楽しく過ごせるかとかを調べて、励ましてもらうくらいには、アップアップしてる。Aqua TimezのAlonesを歌いながらチャリで小雨の中帰った。

 

これ以上きっともう頑張れない。

そう思うくらいに、生活に未来のための努力を入れるのが苦しくて、その未来がいつなのか、いつのために生きてるのか、その未来が来るのか、不安で、孤独で情けなくて、しんどい。

ex.

ある音楽を聴いてこの前正式に別れた元彼を思い出した。

別れてからもう4ヶ月程度経つけど、今まで懐かしんだことはなかった。

でも、今思い返せば、私がダメになったときは、大丈夫になるまでゆっくりくだらない話を聞いてくれた。そういえば私のメンヘラにも向き合ってくれてた。

 

私がメンヘラを発動した時、私は「私はダメな人間なんだ」と自分を否定してしまうが、それを「そんなことないよ」と言ってくれるのは、一種の優しさではあるのだが、時折そんなことを受け取れる元気がない時には、私のことを否定していると捉えてしまう。彼は良くも悪くも私のネガティブを否定も肯定もしなかった。だから彼の本気のケアは私の支えとして十分だった。

 

元々付き合う前までは、彼は性欲がないから自分から手を出すことは(そんなに)しないと言ってくれていた。結局付き合ったら会うたびにそういうことになってしまって、信じられなくなってしまったけど。そう思うと、私は性欲がない人が好きなんだよなぁ。性欲に私を消費しないでいてくれて、かつ私に好意を向けてくれる人が好きだった。でも、行為をしてしまったらそれを証明する方法はなくなぅてしまうから、私の価値は穴しかなくなってしまう。

 

付き合う前にそんな話を聞いてくれて、向き合ってくれて、私を安心させるための言葉をかけてくれたから、ちゃんとこの人と付き合いたいなと思えたんだったなぁ…なんて。

もう別れてしまったから未練になってしまう。

でも、今まで思い出せなかった付き合った理由がわかってよかった。私はやっぱり付き合う人に意味があった。

まだやり直せるなんて、会話ができないから戻ったとてまた同じから、魅力を忘れていた後悔だけしておく。