・子供の頃の幸せだった思い出
母がこっそりハンバーガーを買ってくれたこと。高校でナンパした男の子と付き合えたこと。小学校6年の時、初めて行ったブロードキャストのライブで壇上で手にキスをしてもらったこと。学校の中でマスコットアイドルみたいなキャラクターをやって好きな人とたくさん話す機会ができたこと。休み時間に校庭でサッカーしてる好きな子を眺めながらお友達とあれこれ話したこと。中学校の頃好きだった先生が私の近くを通るたび、周りの子が報告してくれて応援してくれていたこと。近所の子供たちみんなで遊んだこと。
・昔の自分に今の自分が声をかけるなら
頑張ってくれてありがとう。キツかったこと全部、経験してくれたからこそ今の私がいるよ。心が傷ついてもその時の真っすぐを探して進んできてくれたから、強くて優しいを今も大切にして好きな自分でいられるよ。してないことをしておけばとか、もっと勉強しておけばなんて言えない。その時に出来るすべてを全力で味わってきたね。正義と自分と他人のバランスはまだ難しいけど、今は前よりも好きな人がいっぱいいる環境に居るよ。受け入れてくれる人はちゃんと現れたよ。
・影響を与えた人
いつだって私が自分で求めて拾いに行った言葉たち。だから影響を与えてくれた人ではあるけれど、私が自分で見つけて自分で刺した言葉たち。
高校の担任「豊かさとは、誰かに与えることができるものを持っていること」
玉屋「救うことで救われてる」
?「死にたい人の気持ちは死んだ人にしか分からない」
インターンでお世話になった最初の部長。これほど良い人がおじさんでいられるのかと衝撃を受けた。どうやったら社会の汚い荒波に揉まれても良い人間でいられるのか。それで仕事ができて良い上司で優しくてかっこよくて素敵な大人で。大人になんてならないぞと誓っていたが、そんな幼稚な抵抗ではない強くてかっこいい境地もあるのだと思えた。
大学でできた彼氏G。まともに関わることは初めてだった。初めて愛するみたいな恋愛以上を体感できたし、たくさんの感情や経験をもらった。やりたいこと全部詰め込んだ濃密な1年だった。彼はいろんな環境から傷をもらってくるから、彼を救うには私がそばにいるだけでは足りないことを知った。彼のお兄さんが亡くなって、彼が生きたいと思えるような世界を作りたいという使命というか、目標ができた。
中学のときのお笑いライブで知り合って今でも仲良くしているT。福祉という概念に目覚めた。
・愛情を与えたと思う人
上記のT。
塾のバイトで担当していた小学生の姉弟。
今働いている放課後等デイサービスのリトルモンスターくん
歴代彼氏たち
相談ごとを打ち明けてくれた人たち
・勇気を出したこと
初台でのFORMALINのライブのドアを開けたこと
百獣の日のライブの主催者と話したこと
お笑いライブに出たこと
ウクレレでお母さんとホールで演奏したこと
路上で歌うこと
上司に自分事で言いにくいことを発言すること
人に声をかけること
仕事を辞めたこと
一人でバーに入ること
・経験してよかったと思えること
営業、日本酒バー、たくさんのバイトや転職、放課後等デイサービス、恥ずかしい体験や失敗、鬱の話聞き、人前に出る、ピアノ習う、ウクレレ、作曲、自分と似てる人とお互いを称え合うこと。
・誰にも理解されなくても貫いてきたこと、大切にしてきたこと
優しくいようとすること。救う側の人間であること。自分が軽蔑する自分にはならないこと。誰からも好かれること。愛想よくすること。上手に会話をして、ちょうどいい返しをすること。すべての人の感情を理解しようとすること。そのために自分も繊細でいること。一輪車で崖にかけた綱を渡るような死の隣で生きる道を選ぶこと。人に絶望しないこと。
・お金や他人の評価を気にしなくていいなら何をして生きたい?
放課後等デイサービスで働いていたい。もっとのどかな場所で過ごしたい。一人暮らしを友達みんなのおうちの近くでしたい。生活力などを考えずに私が好きだと思う人に生活を賭けたい。その人と田舎で創作活動などをしながら世界にも愛する人にも愛されて生きていたい。あたらしいことや面白いことなど思いついたことを転々とやりたい。労働ではなく私の価値に対価を支払われたい。恵まれた環境でやさしいひとでいることを仕事にしたい。親戚の子供とか気が向いた時だけのベビーシッターとかで人を育ててる気分を味わいたい。マッサージも占いも産業カウンセラーも気が向いたときにやりたい。
・これからの人生でやっておきたいこと
稲庭うどん食べに行く。気球に乗る。バンド、単独ライブ、美的センス(絵画の良さとか夜景とかのきれいさ)を身に着ける。6人程度の男女グループでの旅行。結婚。出産。共通の言語で話せる友達をつくる。若者への説教。自分の好きなことをたくさん見つける。
・生後10000日を迎えて。
一番最初に浮かんだ言葉は一粒万倍日だった。今日は一粒万倍日ではないけれど、この言葉の成り立ちの仏教の一粒万倍は、一粒の稲穂が何万倍にも実ることだと言われている。私の夢はきっともう叶っている。ああなっていたいという者に、もうなっている。最近は不思議とそう思える。今まで一粒一粒、種をたくさん撒いてきた。どれが実るか分からなかったから、手あたり次第に種を撒いた。まだ、目に見えて成果が見えることはないけれど、あのころなりたいと思っていた強く優しく仕事ができる人間になれているのではないかとおもう。仕事というのは今の仕事がという意味ではなく、どの世界にも必要なスキルとしての仕事に必要な要素や、人間としての求められている社会性を兼ね備えているという意味での。だから、誰かに必要とされる自分であることはもうできるようになったから、これからは自分の好きなことや自分を大切にする方法を見つけていきたい。占いや歌の歌詞に否定された自分の欠点を補うためではなく、もっと自分の内側と対峙したときに溢れる健やかな欲望のようなものを尊重させたい。今まで、他人に優しくしないと他人と仲良くすることができないからと、自分のやりたいことや食べたいものより、その場に流れる空気を最優先させてきた。私が一番食べたいものを、誰かと美味しいねと言い合うことや、その食べ物を食べて幸せになった時のかわいい私の姿を愛でてくれる人が幸せそうに私を眺める姿に幸せと思えるように。相手の感情に怖がらず、私自身がありのままでいるときに居心地の良い環境を作りたい。持続可能な人間関係を構築したい。やりたいことは後で一人でやればいいやと思う自分を否定したいわけではないが、一人でするよりも楽しくやりたいことができそうな人とやりたいことをやる、食べたいものを食べる、言いたいことを言える、そんな環境を自分から求めていく姿勢を10001日目から挑戦していきたい。一度実を付けた果物の大樹は育めば来年もきっと実を着ける。今年以上に。
これからのというか来年からの生活はガラッと変わるかもしれないし、何も変われないかもしれないけれど、どこで何してもきっと大切なものは変えなくていいことはわかっている。あとは自分が好きな自分はどこにいるのか、今あるものや、続けた先にあるもの、身近なところから一つ一つ、拾って、磨いて、飾っていきたい。