躁造できない

鬱しんどい

モヤモヤがイライラに変わりそうで、

そのイライラもモヤモヤもどこに根本があるかわからない。

 

もう少し経てば嫌いもきっとなんともないに変わりそうな気がしてる。

声がガラガラして喉に張り付いている感じがどうにも全て捨ててしまいたい衝動に駆られる。

喉を引っ掻いてしんでしまえればいいのにとか思ってみたりするほどに、思ったように声が出ないことは負担がでかい。

好きなことなんてそんなにないし、会おうとしてた予定もなくなるし、家から出ないから世界が変わることもない。

助けてと言える人がいなくて、自分で自分を助けたいと思えるほど自分に価値を見出せない。

酒を飲んで気分を晴らそうとしたけど、思ってることがハッピーじゃないから、飲んだとてハッピーになれなかった。

眠るのが下手になって何を見るわけでもなくただブルーライトの光を眺めてたら世界は明るくなっている。

誰もができていることが私にはできない。

人を殺しても感情が動かない人間になりたい。

人のことには何とも思わず、自分のことだけを大切にできる人間になりたい。

受動も能動もなく二人称も三人称もなく主語は己のみで生きていきたい。

主張なんてせず自我なんて芽生えずただ生きることだけができたらいいのに。

すぐにいなくなるのなんて分かってたのに手にしてしまうと許せなくなってしまうから、新しい自分になれるまで今はその時ではない。

埼玉に風景なんてなくて外に出ても草1つ生えてない。豊かな人間のフリをするには窮屈すぎる。

明日風景を見ても私は何とも思えないことも分かってる。

どこにあるのか?どこかにあるのか?

恐と今日と

曲を作った。

 

昨日から作りたいと思って構想を色々練っていたが、メロディと歌詞の乖離を避けたかったから、全休の今日に全部の制作をすることにした。

 

〜作曲〜

・大塚愛のHappy Daysのコードを書き起こして、ウクレレで弾きながら鼻歌を録音。

・AメロBメロサビ、それぞれ分けて何個も録音してしっくりするメロディを作っていく。

・できたメロディに合わせてコードも少しずつ変える。

・メロディができたら忘れないように適当なドレミで書いておく。

・完成版を鼻歌で録音する。

〜曲完成〜

〜作詞〜

・AメロBメロサビとそれぞれ分けてメロディに合わせて歌詞を作っていく。

・季語や思いついた言葉が合っているかググる。

・メロディに合わせて語の言い回しを調整。

・歌詞の語呂に合わせてメロディを微調整。

〜詞完成〜

〜その他〜

・歌ってみる、練習する

・通して録音する

・タイトルを考える

〜曲完成〜

〜動画化〜

・合いそうな絵を描く

・絵を立てかけて歌う

〜動画完成〜

 

歌詞を作る時に気恥ずかしくなった。これを誰かに聴かれるのかと思うとなかなかな羞恥だった。曲を元にバカにされることを考えると、君とか、会いたいとか、英語とか、メッセージ性の強い言葉とか、使えなくなった。

最初の曲だからこそ、誰かを想った曲にはしたくなくて、景色や風景に頼るしかなかった。兄が言った雨の日のアスファルトの匂いを嗅ぐことが趣味という言葉から今の季節の歌を作った。

自分でもこの曲の歌詞の意味分かってないけど、きっとちゃんと考えたら深そうなことを言ってそうな気がした。

でもメッセージ性を入れることはやめられなくて結局最後には少し入ってしまった笑。

最初は枯れたアジサイってタイトルにしようとしたけど、季語調べた時に出てきた六月尽が自分が六月に取り残されてる感じや物悲しい感じが程よいと思ったのと、タイトルをイジられたり、名前を呼ばれるなら難しい漢字のほうが幾分マシになるかもとおもって水無月尽にした。

 

曲を作ってみて、第一に楽しかった。

そして、恥ずかしくて怖くて不安なものだなと思った。

少しだけだけれど、今までよりアーティストたちの気持ちに近づくことができたように思う。

公開にすることを凄く躊躇った。でも、こういうことを記録して外付けハードディスクとしてアウトプットするために公開しているのだから、今こそ出さなきゃいけないと思い直して一度限定公開にしていたものを公開に直した。

そういう気持ちの繰り返しが大切だと思った。

あのアーティストたちも同じ道をきっと通ってきたのだ。

そうやって少しずつ周りを気にせず逃げずに私らしくイタいをもっと深くさらけ出せるようになりたい。

そして、私の恥で誰かの一歩の背中を押したい

 

 

youtu.be

身軽

渋谷のeggmanでCzecho No Republicのワンマンライブがあって、母に、最寄り駅よりも少し遠い、急行が止まる駅まで車で送ってもらった。

 

渋谷で一人暮らししていた頃は、大きなリュックに何週間か耐えれるほど愛のこもったたくさんの食料を詰め込み、気分も重い体を引きずるようにして、この駅まで送ってもらっていた。

 

駅のロータリーに着いて、私が送ってくれてありがとうって言って、頑張ってねって言われて泣き出しそうになりながら歩き出して、すぐ振り返って手を振って、駅のエスカレーターを上る。

プラットホームで愛の重さと渋谷に戻る憂鬱さに毎回帰る度に泣けてきてた。

 

それに比べて今日は、札とワンドリンク用の100円玉だけいれたペラペラのポーチとリップと携帯をポッケにいれて、手ぶらで浮き足立って駅へ向かう。

ありがとう、帰る時一応連絡するね。と言って車を出て、振り返ることなくエスカレーターを上る。

 

暗喩として物語のワンシーンで出てきそうなくらいの心象風景だなと思った。

 

あの頃を思い出すといつでも泣きそうになるけど、今回も例に漏れず泣きそうになった。

今は明日も明後日も母に会うことができるから振り返って手を振ることもなくて、重たくてよろよろすることもなくて。まだまだハッピーばかりの毎日ではないかもしれないけど、あの頃よりは過酷じゃない温かな生活を送らせてもらえている。

実家暮らし3年目にもなると忘れていくけど、生きている今が奇跡なのだと改めて思うし、思わなきゃいけないと思った。

 

だから、私は元気になるべきだと思う。

まだ体調も喉とか鼻とか万全じゃないけど、少しずつでも確実にもっと元気になったほうがいいと思う。

定期的に欲する強く優しくなりたい欲が発症する数日後の自分のために。

師匠のライブに行って。

ウクレレの師匠が出るというJazz Barのライブに行ってきた。

 

楽しそうに楽器を演奏するおじさん達。

優しく話してくれる師匠の奥さん。バンドメンバーの方々。

あー、こんな人が音楽をするわよねと思わされるいかにも強そうで華やかな主催側の大きなお姉様方。

 

すごく素敵だった。

こうと思ったらそうでないと気に入らないボーカルや主線のおじさんやお姉様方と、それに合わせる優しそうなおじさん。

ギラギラで露出度の高いステージ衣装でいかにもな社交の会話をする方や、逆にラフ過ぎて周りを気にしない気の強さが滲み出てる方、老若男女、多種多様な人がいた。

でも、私と似た人はいなかった。

私はどこにも属してる気持ちにならなかった。

属することなく生きていたいという強い自我をも覚えた。

でも、そんなことを気にしない自由な大大人たちを見て、私も自分の自我をしっかり持ちたいし顕示したいとおもった。

 

みんな同じ音楽のジャンルごとに集まって楽しそうに顔を見合わせて演奏していて、羨ましい反面、どの人たちを見ても、私が居そうな感じはしなかった。ジャズという括りだから余計そうなのかもしれないが、バンドとか他の何を見ても私がこの中に居そうと思ったことがないから、今一人でも仕方ない。今はその感覚を大切にして好きだと思ったことをやるようにしたい。

 

銀河系全生命体応答セヨって叫んだ私の心は鉄腕アトムのように孤独で、でも今は、それを声出して外に出して、いつか自分の居場所を作れるように、こだわりの私の居場所の土台を固めておく。

52ヘルツのくじらたちを見て

家で母と映画を見た。

彼と同じのを見るためにテレビのNetflixで見た。

この映画で泣ける人間でよかったと思った。

お母さんと泣くポイントが同じだったり違ったりしたけど、お母さんも泣ける人間でよかったとおもった。

泣いたら鼻水がいっぱい出た。

最近の体調不良と同じくらいたくさん出た。

ここ数ヶ月の鼻水は泣けない涙の副産物だったのかもしれないと思った。

これで体内中の鼻水が全て出ればいいのにって思った。

お母さんが見終わった後に自分のマウスピースの話をして、歯列矯正で使ったマウスピースの話になった。

たくさん泣いた後だったからつられて自分の歯列矯正の話をする時にとんでもなく泣いてしまった。

それからお母さんは、それほど辛かったんだね。とサラッと言ってそれ以上は聞かれなかった。

 

この前、医者から「どこも異常はない」という言葉を聞いてから少しだけだけど、私はクララなのではないかなとおもった。ハイジを観たことはないけど。

私は立てないと信じてしまっているから立てないのかもしれないと。

 

歯列矯正は新卒で入った会社のときから始まって、ついこの間まで続いていた。

鬱々とした気持ちと共にずっと抱えてきたものだったし、矯正してるから口が痛くて不快で鬱になることもあった。でも、どんだけ今がしんどくて未来を見えなくなった時でも、歯列矯正だけは未来に希望を持っている証拠として私にずっとまとわりついた。

辛かったんだ。って自分が理解することができるようになって、やっと過去の私のことを理解できるようになったと思う。

 

最近の私は私のことが一番分からなくて、体調不良と言いながらも何が辛いのかよく分からないし、今の自分が元気かどうかも分からない。

 

気分がウクレレを弾きだして、YouTubeで歌手に歌ってもらいながらウクレレを弾いていたから少し元気出てきたかもって思ったり、曲が落ちている曲が多いからちょっと元気ないのかもって思ったり、歌えなくて元気ないのかもっておもったり。

でも涙が出たのは久しぶりだったからすごく気持ち良かった。

 

虐待された経験のあるキナコが選んだ彼が後々暴力をふるう人だということは彼が登場した瞬間に分かった。それでも自殺を止めようとしてくれる彼にリアルさを感じた。愛や好意と暴力は別物なことが嬉しいような納得したような気持ちになった。

その街で生涯生きるってそんなに簡単に決まっちゃっていいものなの?って思ったけど、きっと生きる全てはそんなに簡単に決めちゃっていいものなのだろうなと思った。

 

1000字超えたから今回はここまで。

思ったよりだいぶ重い映画だったからディスカッションしにくいなぁなんて、私が選んでおいて。

 

空に溶けたい

 

後で飲もうと置いていたコップの水

気化してなくなった。

アルバム破かれるより

押入れの通帳盗まれるより

生死を彷徨う重大事件のはずなのに

失ってないから気付かなかった。

 

あるものがなくなると

なくなったことに気付く

愛だの恋だの夢だの情熱だの

奪われれば悲しめる

悲しんだらまた手に入れようとする

すり減って空っぽになった器は

気付かれることもなく悲しむタイミングも失って

それが当たり前になっていく。

 

「まだ音楽なんかで効いてんの?」

「そんな時代懐かしいわぁ」

そんな皮肉言う気力すらなくなった。

何も効かなくてなんの刺激も刺さらなくなった私は

羨む元気すらなく佇むだけ。

ロックンロールが鳴り止んだ頭の中

音もないから反響もしない心の奥

どこかに何かが残ってればいいのに。

元気は無さそうだねと他人事。

 

私も気化できたらなぁ。

 

体調〜ママのご飯は日本一〜

また熱が出た。

ここ1〜2ヶ月、日常的に37度前半台は出ていたが、熱っぽいのに36度台のこともあった。

でも今日はやっと38度台まで上がった。

私は、ほらみろ。となぜか誇らしい気持ちになった。バイトを休む連絡をすると、上の人から、休む代わりに病院へ行けと言われた。

今月3回目の病院になるので、そろそろ良くなってくれと願い、初めての病院に行ってみた。17時30分からしか発熱外来はやってないことや、予約時間より30分経っても呼ばれなかったことを差し引いても今回の病院は今までで一番良かった。

 

前の病院の薬を受けて、諸症状から一緒に診断を考えてくれた。前出されたものと合わせて飲める薬を処方してもらって帰る時には、なんだか身体は軽くなってた。

 

話も時系列も変わるが、今朝、初めて彼氏が夢に出てきた。

今まで相手の気を引こうと思って気になる人に嘘の夢をでっちあげて話しかけたことはあったが、見た目も性格も本人と認識できる彼氏が本当に出てきたのは初めてだった。

私は彼の顔を見たことがあるんだなと思った。基本、人の顔をあまり見ないし、人の名前も呼ばないから、私はすぐに人のことを忘れる。

私の顔がちっちゃい写真の隣の偽物の顔しか記憶することができないから、いつも詐欺写真を撮る。

だから今回が真新しくて興味深かったから伝えることにした。

好きだからどうこうって話かどうかは私にも分からないけど、面白かったから彼に伝えたかったのだ。

 

その後、言うつもりもないのに寂しさが勝ってしまって、熱があることをなるべく軽そうに話した。

彼の言葉は凍った胸に手を当ててゆっくり溶かすようにじんわり温かく、文字だけなのに手当てされてる気分になった。

話しているときは体が少し軽くて、母が作ってくれたお昼も彼と話しながら食べることができた。

 

それから薬も飲まずにたくさん眠った。熱はびっくりするほど急上昇したが、一生分の鼻水が全部出切ったのかと思うほど、ポケットティッシュをたくさん使い、夕方頃は痛いとか辛いみたいな諸症状がだいぶなくなって、ただ熱があるだけの状態になった。

熱は私の中ではしんどい度合いが一番軽くて、痛いとか、声が出ないとか、理由なく鬱々とした気分になる方とかの方がしんどい。熱なら計測できるから何度でも上がってくれてかまわない。

そんなこんなで病院に行って帰ってきて晩御飯も休みながらだけどガッツリ食べて、おなかいっぱいになるほどの薬を飲んで今に至る。

だから、まだ、ウクレレを弾けるようにはなってないけど、心も身体も健康寄り。これならきっと良くなりそう。今は前向きにそう思える。